まだ邪悪な心が人々の心の中に存在しない頃、
開けてはならないとされていた1つの箱があった。
だが、一人の男が箱を開けてしまった。
中から出たのは、あらゆる邪悪な心……
嫉妬、妬み、独占、破壊、支配。
だが箱の奥に一粒の光が残っていた。
希望という名の光じゃ。
希望……
私、そんなものにはなれない。
希望という名の光
「ティナ」
ぱちんと暖炉の薪が音を立てるのと、名を呼ばれたのはほぼ同時だった。
ティナは夢想から覚め、窓から目を離した。
暗い空から時折落ちてくる白いふわふわしたものは「雪」というのだと、ガードの一人にさっき教えてもらったばかりだった。
「かなり降ってきたな」
エドガーも窓のそばまで来ると、外を覗き込んだ。
「寒くないかい?」
「ええ」
ティナは再び窓の外を見た。
「俺には寒くて敵わないけどな。フィガロは暖かい地方だし」
「私は平気みたい」
どこか上の空で、ティナは答えた。
舞い落ちてくる白い雪は、刹那に美しく、切なく、そんなところがどこかこの少女に似ていた。
「バナン様の申し出、断ったんだってね」
不意にエドガーが切り出し、ティナは振り向いた。
「……ごめんなさい」
「いや、君が謝ることじゃないよ。無理強いしたくないって言ったよね?」
「でも」
「他にも何か手があるだろうし、ティナが悪いと思うことはないんだよ」
エドガーはにっこりと微笑んだ。
「私……」
ティナはしばらく俯いたまま、黙り込んだ。エドガーもまた何も言わなかった。
部屋の中には、薪が爆ぜる音と、時折窓に当たるぼたん雪の音だけが響いていた。
やがてティナは、怖い、と呟いた。
「希望になんて……そんな大事なものになんてなれない」
「わかるよ」
エドガーの返答に、ティナは幾分驚いて顔を上げた。
「俺も同じだった」
「エドガーも?」
「昔……ちょうどティナくらいの年頃だったかな。国王になる時」
ああ、とティナは頷いた。
「怖かった?」
「少しね」
「それでも、逃げなかったの?」
「国王の息子だった俺がやらなければ、誰にもできないことだったからね。なんだかんだ言っても、フィガロが好きだったし」
「エドガーは偉いのね」
偉い、という言葉に含まれる意味合いがいつもと違って、エドガーは思わず笑った。
「エドガーは、私のことは怖くない?」
「どうして?」
「だって……私は」
帝国にいた時、とティナが口走ったところで、エドガーは先を言わせなかった。
「怖くないよ。怖いはずがない」
「なぜ?」
「仲間だからだよ。信用してるからだ」
「仲間?」
「ティナは俺が怖いかい?」
「いいえ」
「ロックは?」
「怖くないわ」
「マッシュは?」
「……初めは怖かったわ」
エドガーは声を上げて笑った。
「でも、今は怖くないわ」
「そうだろう? だから、同じさ」
「同じなの?」
「ああ」
ティナは、そうなの、と呟いた。
「そういうのが、仲間なの?」
「そういうことも含めて、かな」
「私、みんなのために何かしたいと思ったの。私にできることがあれば……それも、仲間?」
「そうだね」
「それは、怖くてもしなければダメなの?」
「ダメってことはないさ」
エドガーは微笑んで見せた。
「みんな、ティナに怖い思いをさせたくないと思ってるよ。仲間だからね」
「そうなの」
ティナはもう一度呟くと、窓の外を見た。
「みんな頑張ってるのに、私だけ逃げたりしてずるいと思う?」
「そんなこと、誰も思わないよ」
エドガーも外を見た。
「……でも、私は思うわ」
やがて、ティナは小さく呟いた。
雪は次第に激しくなり、ロックもマッシュも、まだナルシェに姿を現さなかった。
バナンとジュンはナルシェの長老に掛け合いに行き、なかなか戻らない。
ティナはじっと黙ったまま、何かを考え続けていた。
一体、この世界はどうなっていくのだろう。
エドガーは一瞬そんなことを思い、やがて頭を振って窓から離れた。
この世界がどうなっていこうと、自分がそこに生きていることに変わりはないのだから。
-Fin-
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