Movin'
セリスの様子がおかしいと、困惑気味のティナが知らせてきたのは、コーリンゲンで買い出しを終え、ブラックジャックがナルシェへ向かって飛び立った後だった。
なぜ自分がその相手に選ばれたのかと、セッツァーは怪訝な顔をした。
「ロックに言えばいいだろう」
「……ロックじゃダメなの」
ティナは俯いてそう言った。
「あいつが関係すること、だからか?」
「たぶん、そうなんだと思う」
ティナは曖昧に答えた。
セッツァーが最初に彼女を見たのは、彼女が自分の力を制御できずに幻獣の姿となり、その彼女を助けるために帝国へ赴いた後だった。
自分を取り戻した彼女は以前よりずいぶん強くなったらしく、セッツァーが彼女に抱いたイメージは、他のメンバーのそれとは少し違っていた。
むしろセリスの方が危なっかしく、放っておけないと言えば彼女の方がそうだった。
だからかもしれなかった――ティナが「セリスがおかしい」と言った相手が彼だったのは。
「愛が何なのか分からない」などと巫山戯たことを言う女だと思っていたが、仲間として付き合っていく内に、彼女が本当に何も知らないのだということを彼は次第に理解していった。こういう話題がどうにも要点を得ないのは、致し方のないことなのだ。
「で、いつからおかしいって?」
「夕方くらいから」
「飯の時は普通だったろ」
「そうかな」
ティナの声はますます小さくなった。エンジン音に掻き消されそうだ。
「もうちっとでかい声でしゃべれよ」
思わずセッツァーはそう言ってしまった。
言ってから後悔した。人には優しくしなさい、などと教えてもらったのは、もう何十年も前のことだった。それでも、何も知らない少女にきついことを言うのは気が引けた。
「ごめんなさい……」
ティナはしゅんとして俯いた。
泣いているんじゃないかとセッツァーは冷や冷やした。
「まぁ、いいけどよ」
ぼそっとそう呟いて、小さく息を吐き出す。
まったく、柄でもない。
「それで、セリスはどうおかしいんだ」
「よく、分からないの」
ティナは相変わらず俯いたまま、そう言った。
「元気がないようにも思えるし、あまり笑わないし」
「元からそう笑う方でもないだろ」
「……そうかもしれないけど」
ティナはほんの囁き声で答えた。
「せっかく仲直りしたみたいなのに、ロックともあまり喋らないし」
そういえば、とセッツァーは思い出した。
コーリンゲンはロックの昔の恋人が眠る村だった、と。
「買い出しの時、何かあったか?」
「え? えっと……」
思い出し思い出し、ティナは細々としたところまで説明した。
店のおじさんがおつりを間違えて、セリスが怒ったこと。
犬に吠えられてガウが喧嘩を仕掛けそうになり、それをマッシュが止めるんで大騒ぎになったこと。
そんなことはどうでもいいと言われ、ティナは萎縮した。
「あと……」
ティナは考え込むように黙った。
「何だ」
「その……愛のことを話してるおばあさんがいたの」
「ほう」
「レイチェルって人が、ずっとロックを愛してるって言ってたって。でも、レイチェルは死んでしまったんだって。ねぇ、セッツァー。人は、死んでしまった後も誰かを愛することができるの? 死んでしまった人をずっと愛しているとしたら、その愛はどこへ向かうの?」
珍しく、セッツァーは答えに詰まった。一瞬脳裏に浮かんだのは、強気な女艇乗りが好んで着た、紅いマントの色。
「私、よく分からなくて……。でも、なんだか哀しいわ」
ティナはそう言うと、小さなため息を吐いた。
「ロックも、レイチェルを愛しているのかしら。そうだとしたら、セリスのことは愛してないの?」
「……本人に訊けばいいだろう」
セッツァーは低く呟いた。
「でも、ロックには訊けないの……どうしてか分からないけど」
ティナは悲しげに答えた。
そうだ。それを本人に訊くことができたなら、そして訊かれた本人がその答えを出すことができたなら、きっと誰も不幸になどならずに済むのかもしれなかった。
でも、それができないから。
「たぶん」
セッツァーは懐からタバコを出して、火を点けた。
「その答えは、誰も知らない」
「どうして?」
「みんな、お前と同じだ。知ったような顔をして、本当は『愛』がなんなのかなんて、分かっちゃいないのさ」
「セッツァーも?」
「かもしれない」
「そう……そんな風には見えないのに」
それはどういう意味だと突っ込みたかったが、藪蛇になりそうだったので止めた。
「ただ」
セッツァーは煙を吐くと、こう付け加えた。
「そのレイチェルとやらが今でもロックを愛していたとしても、奴は生きていて、呼吸して、歩いて、走って、笑う。死んだ奴の思いはそこで立ち止まっていても、生きている奴の思いはどんどん流されて、動いていくものだろうさ」
「ロックの気持ちは動いていくの?」
「奴次第だけどな」
「セリスの気持ちは?」
「動かないとも限らない」
「……難しいのね」
ティナは俯き、しばらく黙り込んだ。
「私、どうしたらいい?」
「どうしてやることもできねぇさ」
セッツァーは艇の前方に、半ば雪に埋もれた町を見ながら呟いた。
「誰かがどうにかしてやれる問題じゃない。そういうもんだ」
「愛って、哀しいのね」
セッツァーは答えず、徐にタバコの火を消した。
哀しいだけではないだろうが、それを説明するには彼はあまりにも現実的すぎた。
「さぁ、艇を下ろすぜ」
そうとだけ言うと、彼は口を閉じた。
-Fin-
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