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「無茶だ」
 ファルコンのエンジンルームで、俺はそう言った。
「そんな無茶させたら、落ちるぞコイツ」
 コンコンと近くの金属板を指で小突く。
「そうかもね」
 あいつは適当な相槌を打っただけだった。
「死ぬぞ」
「かもね」
「馬鹿かお前は」
 ダリルは顔を上げた。こんな綺麗な顔をして、エンジンの整備をさせたら敵う者などいないのだ。それが、癪に障った。
 そうだ。最初から、普通の幸せを追い求めてれば良かったんだ。地上に足をつけたまま、決して離れなければ良かったのに。
 あいつは、星になるために空を飛びたがったのか?
「死ぬのが怖くて飛空艇乗りなんてやってられる?」
 相変わらずバルブを閉め続けながら、あいつはそう言った。
「勇敢と無茶は違うって言うじゃねぇか」
「へぇ、あんたの口からそんなセリフが出ようとはね」
 ダリルは唇の端を持ち上げて笑った。
「今度のテストでは限界までやってみるつもりよ」
「ダリル」
「ガキが口挟まないで」
「ダリル!」
 あいつは面倒臭そうに立ち上がった。
「いいこと、この艇はあたしの艇なの。あたしの体もあたしの命も、全部あたしのものよ。他の誰のものでもない」
「そんなことは分かってる! だからって……」
「あんたの指図は受けないよ」
 言い捨てると、ダリルは作業に戻って、そして二度と口を開こうとしなかった。



 俺に追い抜かれるのが怖かったのか、ダリル。
 そうだったのなら――お前を失うことになるのだと分かっていたなら。
 俺は、お前を抜こうなんてこれっぽっちも思わなかっただろうさ。



 不自然に削り取られた山肌は剥き出しになっていて、俺は土の上に転がっていた無機質なそれを拾い上げた。
 かつてファルコンの一部だったそれは、夕日の光を浴びてギラギラと、殊更光って見せた。
 俺は辺りを見渡した。ファルコンの大部分は、もう少し先の雑木林に頭を突っ込ませた形で寝そべっていた。
 一年振りに再会したそれは、まるで腐乱した死体のようだった。
 俺は、しばらくの間呆然と立ち竦んでいた。あまりに凄惨な光景だった。


 ダリルを、見つけることは出来なかった。











いつか、追いつくはずだった。





 俺は時々、今でもあいつを追いかけ続けているような錯覚を起こす。
 今でも、どこかであいつが待っているような気がすることがある。
 ああ、でも。ダリルは、何時間も待ってはくれない女だった。
 だから、やっぱりもうどこにも待ってはいないのだろう。





セッツァーって奴が来たら、伝えてくれる?


二時間待った、って。






 結局、五年の差は二時間では追いつけなかったということ。
 それが、俺とあいつの辿り付いた『答え』なんだ。



-Fin-









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