<3>



 リルムはスケッチが終わってしまうと、満足して自分の部屋へ戻っていった。
 代わりに、彼女をモブリズまで送り届けてきたセッツァーが顔を出した。
「どうしたよ、ぼんやりして」
「あ、セッツァー……」
 ティナは立ち上がったが、相変わらずぼうっとしていた。
「リルムの相手に疲れたのか?」
「え? ……ああ、いいえ。そんなことないわ」
「ならいいけどよ」
 不遜な態度で、セッツァーは椅子に座ってふんぞると、煙草に火を点けた。
 あるいは、セッツァーなら知っているかもしれないとティナは思った。エドガーと一番仲の良かった人だ。
「あの、セッツァー」
「ああ?」
「訊きたいことがあるんだけど」
「何だよ」
 面倒臭そうに、彼は髪を掻き揚げた。
「エドガーの、ことなんだけど」
 ティナがおずおずとその名を口にした途端、セッツァーは鼻をふんと鳴らして哂った。
「あの、お前に側に来て欲しくて仕方のない王様のことか?」
 その言い草に、ティナは少し驚いて目を見開いた。確かにエドガーは、ティナに「フィガロへ来るように」と口癖のように言っていた。いや、実際に言われたわけではなかったが、そんな内容の手紙はよく届いた。
 ティナが答えに窮していると、セッツァーは煙草の灰を落としてから、
「ああいうのをゾッコンって言うんだろうよ」
 と、そう言って退けた。
「……」
 ティナは沈黙した。どうして、まだ何も訊いてないのに分かったのだろう?
「でも、でもね、セッツァー」
「他に好きな奴がいるなら、はっきりそう言ってやった方がいいぞ」
「え?」
 ティナが目を丸くして彼を見つめた。
「遠慮してる方が、後々抉れて面倒なことになるぜ」
「どういう意味?」
「お前、弟の方が好きなんだろ?」
 ティナはますますきょとんとした。
「弟って、マッシュのこと?」
「ああ」
「マッシュ……?」
 ティナは胸元に手を当てて、首を傾げた。
「確かに、マッシュのことは好きよ。とても感謝しているし、子供たちもよく懐いてるし。……でも、エドガーより好きかどうかは分からないわ」
 そう答えた途端、突然セッツァーが笑い出して、ティナはその顔を凝視した。
「なら、そう言ってやれよ。焦れてんだよ、王様は」
「そうなの……?」
「欲しい女がいるのに、手に入れるチャンスも与えてもらえないんだからな」
 エドガーにチャンスを与えていない?
 ティナはますます訳が分からなくなって、怪訝な表情になった。
「お前、最後にエドガーに会ったのはいつだよ」
「いつって……だって、あの戦いが終わってから一度も会ってないから、もう二年くらいだわ」
「ほら見ろ」
 セッツァーは盛大に煙を吐き出し、ティナは目を瞬かせた。
「口説く機会もなしってわけだ」
「そんなつもり……」
「そうだよ、お前にそんなつもりがないことはあいつだって分かってんだよ。だから余計に焦れるわけだ」
「……」
 ティナの目はますます困惑の色を増し、彼女は無意識に、自分の唇を指で弄った。
「だって……どうして私なの?」
「お前な、好き嫌いにどうしてなんてないだろ?」
「そうなの?」
「――いい加減、そういうこと分かるようになったかと思ってたのによ」
 セッツァーは面倒臭そうに、乱暴な仕草で髪を掻き揚げた。
「……私、どうしたらいい?」
 ティナは真面目な顔でそう訊いた。
「まずは、好きでもない男に思わせぶりな態度取るのはやめることだな」
「思わせぶり……?」
「『あなたに迷惑掛けられない』――とか言われたら、脈ありかと勘違いするだろ」
 ティナは目を見開いて、それから泣き出しそうに顔を顰めた。
 ので、セッツァーは僅かに慌てた。
「……例えばだよ、例えば。エドガーだってお前のことは分かってんだから、そんなことじゃ勘違いなんてしねぇだろうけどよ」
「じゃぁ、どう言えばいいの? だって、本当に迷惑掛けたくなんてないんだもの、他に言い様がないわ」
「はっきり言えばいいんだよ。お前の側なんかにゃ行きたかないと」
「……でも、嘘は言えないもの」
「じゃぁ、側に行ってもいいとは思ってるわけだ」
 セッツァーが意地悪な目で笑ったので、ティナは少し躊躇ってから、やはりコクリと頷いてしまった。
 エドガーの側に行きたくないわけではない。それは確かだ。
「なら、待たせりゃいいさ」
「え?」
「お前がいいと思うまで待たせて、待てなきゃあっちが諦めるさ」
 セッツァーはいよいよ面倒臭くなったのか、そう返事をしながら煙草の火を揉み消すと、立ち上がって部屋を出て行った。









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