<5>
エドガーからの手紙には、もう「フィガロへおいで」とは書いていなかった。
ティナは、それを見て何故か気落ちしてしまった。
――どうして。私がそうしてって頼んだのに。
「なんか嫌なことでも書いてあんのか?」
セッツァーが煙草を咥えたままそう訊いた。
「いいえ。モブリズはみんな元気か、って書いてあるわ」
「じゃあ、なんでそんな顔してんだよ、お前」
「……そんなの」
私にだって、分からない。
ティナは無意識に、自分の唇に指を乗せた。
「今回はどうしてマッシュじゃなくてセッツァーが来たの?」
セッツァーは思わず咥えていた煙草を取り落としそうになって、慌てて左手で捕まえた。
「何だと?」
「別に、セッツァーが嫌って言ってるわけじゃないけど」
「……おお」
それならいいけどよ、と、彼は呟いた。
「気付くとは思わなかったな、ニブいお前が」
「だって」
エドガーは、マッシュにモブリズへ行かないようにと……うんん、来られないように仕向けたに違いない。
ティナには、そんな情景がありありと目に浮かぶのだった。
「先週、あいつここに来たんだろ」
セッツァーが不意にそう言って、ティナは彼を見た。
「エドガー?」
「ああ」
「来たわ」
「やっぱりな」
「それで私、あなたに言われた通りにやってみたんだけど……何だかおかしな風になってしまったみたい」
「どういう意味だそりゃ」
ティナは鳩尾の辺りを押さえた手をゆったりと動かしながら、
「何だか、この辺がもやもやするの」
と、そう言った。
「まるで、雨の前の霧みたいにもやもやなの」
「ふーん」
セッツァーは取り合わず、煙草に火を点けただけで黙っていた。
「エドガーは、私がマッシュを好きだと思ってるの?」
「かもな」
「だからフィガロへ行かないと思ってるの?」
「さあ」
「それで、怒ってるのかしら」
「怒ってる?」
「エドガーは怒ってるのよ。何かにとても腹を立てていて、それでおかしな風なの」
「ふむ」
確かにエドガーはどこかおかしい。それは、彼女の言う通りだった。
「私の、せいなの?」
「知らねぇよ」
ティナはしゅんと俯いて、それっきり何も言わなくなった。セッツァーは、煙をふかしながらその頭を見ていた。
たぶん、誰よりも敏感にあの国王の心を読んでいるのだろうけれど。
ティナは相変わらずどこかピントがずれていて、一向に答えに辿り着けないらしかった。
「お前、あいつに何言ったんだよ」
「……孤児院を、作るって」
「孤児院?」
「そう、モブリズに孤児院を」
「へー」
初耳だ、と呟いた。この天然な頭でも、一応は将来のことも考えてたのか。
「それで、エドガーはフィガロに作ればいいって言って」
「そりゃ尤もだ」
「ダメなの」
ティナはエドガーの時と同じように首を横に振った。
「フィガロはダメなの」
「なんで」
「あの国は、眩しすぎるの。裕福で、希望に溢れていて、傷ついた心には眩しいの」
セッツァーは今度こそ煙草を取り落とした。
「……お前、それをあいつに言ったのか?」
「ええ」
ティナはコクリと頷いた。
「――やっぱり、いけなかったのね」
「そりゃそうだろ」
落ちた煙草を拾い上げて灰皿に捨ててしまうと、セッツァーは溜め息を吐いた。
「お前、あの国が誰の国だか忘れたのか?」
「え?」
「お前だって、この村のことを悪く言われたら気分悪ぃんじゃねぇの?」
「……あ」
ティナは口元に指を当てて声を洩らした。
「それにその眩しすぎるっての、それはお前にとっても眩しすぎるってことだろ? なんか……俺にはお前が『フィガロは居心地が悪い』って言ってるように聞こえるぜ」
「そんなこと!」
「でもそうなんだろ」
ティナは小さく首を横に振って、俯いた。
フィガロは嫌いじゃなかった。でも――本当に好きだったろうか? 心から大好きと言えるだろうか? この優しくて穏やかなモブリズよりも?
「それで、あいつあんなに落ち込んでたってワケか」
セッツァーは合点がいって、一人頷いた。
それは堪えるな。それはお前なんか嫌いだって言われるより、もしかしたら堪えるかもしれない。
だって、あいつはあの国から一歩たりとも出られないわけだし。
それで弟に嫉妬してるのか。馬鹿だなー。
「前にも言ったけどよ」
セッツァーは俯いたままのティナの緑色の頭に話しかけた。
「その気がないなら、はっきり言えばいいんだよ。それに変わりはない」
「でも、もやもやするんだもの」
ティナは再び鳩尾を撫でた。
「そのもやもやは、お前が本当のことを言ってないからもやもやすんだろ」
「嘘なんてついてないもの」
「嘘は言ってなくても、本当のことを言ってない。そうなんじゃねぇのか?」
ティナの青い目が、ふわりと見開かれた。
「本当の、こと?」
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