<6>
モブリズに、フィガロから大きな額の寄付があった。
孤児院の設立に使って欲しいと、国王から直々の手紙が添えられていた。
カタリーナが困った顔をしてティナを見たが、彼女の顔に表情はなかった。
「まだ計画段階なのに……受け取っていいのかしら」
そう呟いたカタリーナに、ティナは答えなかった。
どうしてだろう。突き放されている気がする。
今になってやっと、「フィガロへおいで」という彼の言葉に甘えていたことにティナは気付いた。
おいで、と言われ続けて、それが居心地良くて、その言葉にずっと甘やかされていたのだと。
いつかセッツァーが言った「思わせぶりな態度」というのは、結局間違っていなかったのだ。
思わせぶりな態度をして、ずっと、居心地の良い言葉をもらっていたかっただけ。
なんて狡いんだろう、私――。
「ティナ、もう少し上を向いて」
リルムがそう呟いたけれど、彼女は聞こえていないのか、俯いたままだった。
「ティナー、聞いてる?」
「え?」
やっと目線を上げて、ティナはリルムを見た。
「もうちょっとこう、笑ってみて」
「……ねぇ、リルム。もう絵を描かなくてもいいんじゃない?」
ティナは困ったように眉を寄せたまま、そんなことを言った。
「は? 何ソレ」
「だって、エドガーはもう私の絵なんて必要ないんじゃない?」
「なんで?」
「……だって」
「描かなくていいって言われてないし、一度請け負った仕事は最後までやり通すのがあたしの主義だし」
「そう……なの」
ティナは再び俯いた。
「んー」
リルムは筆を置いて、唸り声を上げた。
「ティナさ、あの小さい窓の外を見てくれる?」
「窓?」
「そそ。それで、ちょっとエドガーのこと思い出してみて」
「え?」
どうして、とティナの唇が小さく動いた。
「いいからいいから。色男がへらっと笑ってるとこでも思い出しててよ」
エドガーが“へらっと”笑ったところなんてティナにはちっとも思い出せなくて、彼女は思わずクスクスと笑った。
「そうそう、そんな感じ」
リルムは満足したように頷いて、再び筆を取った。
「そうやって、ずっと色男のこと思い出してて」
思い出して、と言われて、ティナは思い出してみた。
あやつりの輪が取れて、初めてこの世に生まれ出たような気がして、何も分からなくて不安だった日々。
エドガーは、生まれつき魔道の力を持った人間なんかいない、と、そう言った。
ティナはその時初めて、自分が何なのか知りたいと思った。
トランスして、暴走してしまった自分を追いかけてきてくれた仲間たち。幻獣なのか、人間なのか、分からない自分を前と同じように受入れてくれた。
ティナは、ティナだよ。彼がそう言ってくれたのは、たぶんそんな頃だった。
それで、エドガーはエドガーよ、そうお返ししてあげたら、どうしてかすごく嬉しそうだった。
だから――あなたが、フィガロの王様だって忘れてた。
あんなこと言って、怒らせるつもりはなかったの。
ごめんなさい、エドガー。
怒らせるつもりは、なかったのよ――。
「ティナ」
リルムに呼ばれて、ティナはぼんやりと霞んでしまった目を彼女に向けた。
「あ……ごめんなさい」
一生懸命拭ったのに、涙は後から後から溢れてきた。
「いいよ、そのままで」
リルムは少しだけ微笑むと、そう言った。
「リルムに任せて」
「でも……」
「いいから、ティナはあの窓の外を見ながらエドガーのことを思い出してて」
リルムは再びそう繰り返すと、後は黙って筆を滑らせていた。
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