<7>
「できたよ、ご所望の肖像画」
リルムが大きなキャンバスを手に王の間へやって来た時、エドガーは何のことだったかしばらく思い出せなかった。
「ああ、彼女の絵か」
「何その忘れてましたーって言い方」
「忘れてなんかいないさ」
エドガーはにっこり笑った。
「見せておくれ」
しかし、リルムは上目遣いにじっと彼を見つめていて、キャンバスに掛かった白い布を解こうとしなかった。
「リルム?」
「その前にさ、この絵の題のことなんだけど」
「題があるのか?」
「当たり前」
リルムの口調はどんどん抑圧的になっていた。
「ここの、絵の裏のところに書いておいたから、後でちゃんと見るんだよ」
「ふぅん?」
エドガーは訝しげな目をして、了解とも不承とも取れる返事をした。
「一人で見た方がいいと思うよ」
リルムはますます不遜な声で、そう忠告した。
「あたしは責任取れないから」
「絵からティナが飛び出してくるのかな?」
面白がった声でそう言うエドガーに、リルムは「そうかもね」と呟いて、王の間を出て行った。
ティナが飛び出てくる。リルムが描いた絵なら有り得ることだから始末が悪かった。
エドガーは彼女の置いていったキャンパスを自室に持ち帰って、彼女の忠告どおり、一人になってから見ることにした。
部屋――には、セッツァーとロックとマッシュが居座っていて、いつからそうしているのか、酒盛りをしていた。
「何だそれ」
最初にロックが指差した。
「リルムが描いた絵だよ」
「ああ、あれか」
セッツァーが頷いた。
「何の絵だよ」
「王様が身も心もズタボロになるほど愛した女の絵だよ」
「げ」
ロックが潰れたような声を出した。
「マジで描かせたのかよ!」
「ヌードじゃないぞ」
「んなこと当たり前だろうが!」
ロックはわーわー喚いた。
そんなドロボウは放っておいて、セッツァーは立ち上がって側まで歩み寄った。
「早く開けろよ」
エドガーの眉間に皺が寄る。
「一人で開けるようにと画家さんから忠告があったんだが」
「いいじゃねぇか、減るもんじゃねぇし」
「俺も見たい」
マッシュがワクワクした眼差しを向けた時、エドガーは急に気が大きくなって、「分かった」と請け負ってしまった。
例えばティナが飛び出してきたとしても、仲間しかいないのだから問題ないだろう。
するりと掛け布を外して、リルム独特の絵の具使いが見えてきて。
「何だよ、ホントに普通の絵じゃん」
ロックが「つまんねー」と言いながらソファに寝転んだ。
「よく描けてるな〜」
マッシュは感心したようにそう言った。
ティナは少し遠くを見つめたまま、ふんわりと微笑んでいた。本当に、彼女が絵から飛び出してもおかしくないような絵だった。
「……何も起きないな」
「リルムは何だって言ってたんだよ?」
それで、エドガーは「絵の裏に題を書いた」と言った彼女の言葉を思い出した。
「どこかな」
「何だ何だ?」
探し物なら俺に任せろとばかりに、ロックが起き上がってやって来た。
「どこかにこの絵の題名を隠したらしい」
「どれどれ」
ロックも屈み込んで、キャンパスの裏を舐めるように見回した。
「ないな」
「ないぞ」
「担がれたんじゃねぇの?」
「あれ?」
未だ表を見ていたマッシュが不意に声を出したので、他の三人は彼に目をやった。
「このティナ……」
「なんだ、マッシュ」
「泣いてる、気がする」
「え?」
きょとんとなって、全員慌てて表側へ回った。
「泣いてねぇぞ」
「笑ってんじゃん」
「いや、でも……」
マッシュはティナの手の部分を指差した。
「あれ、泣く時のクセだろ」
「どれ」
ティナの細い指先は、戸惑ったように胸元に集められていた。
「……そうだったっけ?」
ティナはふんわりと微笑んでいて、とても泣いているようには見えないのだった。
不意にコンコン、と扉が叩かれ、ひょこっとセリスが顔を出した。
「ロックいる?」
「おお、どうした?」
「あの子、お父さんとお風呂に入るって聞かなくて」
「何!?」
それで、ロックは絵のことも忘れて立ち上がった。
「すぐ行く」
「お願いねー」
彼が飛び出していくのを見送ってから、セリスは他の三人に目をやった。
「で、何してるの?」
「これ」
マッシュがティナの絵を指差した。
「何これ、悪趣味ね。ティナが泣いてる絵なんて誰が描かせたのよ?」
「あ、やっぱり」
どこが泣いてんだよー、と、セッツァーは呟いてからソファに腰を下ろした。
「リルムは……何が言いたかったのかな」
エドガーは困ったように口元に手を当てて、絵を眺めていた。
「絵の題名、探しゃ分かるんじゃねぇの?」
「ああ、そうか」
リルムは絵の裏に書いた、としか言っていなかったが、どう見ても隠し文字などなさそうだった。
「あ、ちょっと待って」
セリスが絵の正面に回って、ランプを翳した。
「これで見えない?」
「あ」
「リルムが言ってたのよ。絵の裏にもう一枚絵を隠すことがあるって」
ランプの明かりで、微かに文字が浮き出ていた。
そこには、こんな風に書いてあったのだった。
She is remembering her King.
(訳:バッカじゃないの、さっさと迎えに行きなさいよ!)
-Fin-
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