どうして見紛うはずがあろうか。
 いつも見ていた、その背中。
 何年経っても、決して忘れることなんてなかったのだ。



「ダリル――!」





- 5 y e a r s -




<1>



 思わず腕を引いていた。頭の中は真っ白で、まるで何も考えられなかった。
 女は振り向いた。金色の巻き毛が宙を舞い、滑らかな頬が覗いた。次に瞳。
 忘れたことなんてなかった。全てを見透かしたような、猫のそれに似た緑。
「誰?」
 顰められた薄い眉。真っ赤な唇から吐き出されたのはその一言だった。
「ダリルだろう」
「違うわ、誰よあなた」
「……ふざけるな」
 掴んでいた腕を振り払い、女は唾でも吐きそうな顔をした。
「そっちこそ。ありきたりな口説き文句には飽き飽きしてるの」
 ダリル。
 小さく口の中で呟いた。
 相応の反応は、何も得られない。
 女はただ、じっとこちらを凝視していた。
 時が止まったように、店の喧騒は耳から排除されていた。不気味なほど時間がのろのろと動き、その間じりじりと胸の焼ける音が体中に響いた。
 女はやがて、小さく息を吐いた。
「私のこと、知ってるの?」
「何だと?」
 女は肩を竦めた。
「私は……」
「デイジー、何をしてるんだ?」
 カウンターから中年の男が呼んだ。
「お客だ。それともそっちで手一杯か?」
「いいえ、マスター」
 踵を返そうとした彼女を、引きとめようと腕を伸ばす。
「ダリ……」
「私の名前はデイジー。誰かと間違ってるんじゃない?」
「馬鹿を言うな」
 気付けば、五本の指がその柔らかい腕に食い込むくらい、力を込めていた。
「どうしてこんなところにいる」
「忙しいの、離して」
「いいから来い」
 腕を引っ張ったまま、カウンターに金貨の入った袋を積む。
「この女、俺の相手をさせろ」
 マスターと呼ばれた中年の男は、おずおずと袋に手を伸ばした。
「構いませんが……」
「それで何日買える」
「二週――」
 しかし、指を三本目の前に突き出す。
「三週間」
「……宜しいでしょう」
 それで、交渉は終わりだった。







>>NEXT       Novels       TOP