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それから、二人で色々なところを回った。
以前のダリルが訪れただろう場所。セッツァーは彼女の故郷がどこなのかを知らなかったが、初めて出会った街も、初めて時間を共にした場所も覚えていた。
「何か思い出せそうか?」
隣でぼんやりと街並みを見るダリルに訊いてみた。
「うんん、何も」
「……そうか」
小さく息を吐いた銀髪の男を、翡翠色の瞳がちらりと見上げた。
ファルコンの運転もさせてみた。ダリルは舵を握っても、どうしたらいいのかとセッツァーを見るばかりだった。
「思い出せないか?」
「うん」
「こうやって……」
エンジンを蒸かして、艇はぶわっと空へ浮かび上がる。
「わぁ」
ダリルが慌てたように舵を握り締めた。
「すごい……!」
彼女が夢中になって運転するのを、セッツァーは黙って見ていた。今さら、あの嫌な幻獣が空を飛んでいるわけでもなく、高度さえ保てばこの空に障害物は何もなかった。
「気に入ったか?」
風の音に負けないように張り上げた声に、ダリルが振り向いた。
「とっても」
目がキラキラして、舵を握れば前と同じリアクションをするのだと分かった。
「お前の艇だ、好きな時に動かしゃいいさ」
セッツァーがそう言っても、夢中になってしまってもう返事さえなかった。
夜になると、二人は決まって船長室で酒を酌み交わした。
ダリルが前と同じなのは、まるで水みたいに酒を飲むことだった。
……そうだ。若い頃はそれで何度も潰された。
「相変わらずだな、お前は」
セッツァーがそう言って、空になったグラスに新しい琥珀の液体を注ぐと、ダリルはにっと笑って、その手から酒瓶を奪い取った。
「はい、あんたも飲んで頂戴」
一度だけ、昔みたいにかなり酒を過ごさせられた。
酔い潰れてソファで寝こけていたら、顔を寄せて何かを囁かれた気がした。
呆けていて聞き取れなかったけれど……あの頃と同じ香水が匂ったことだけを、はっきりと覚えている。
***
エンジンの整備にかけては天才的な器用さを発揮していたダリルだったが、どうしても「それ」をする時には不器用でどん臭い女にならざるを得ない、というものがあった。
リビングで一生懸命「それ」に取り組んでいる彼女を見かけて、セッツァーは思わず口元を愉快げに歪ませた。
「貸してみろ」
隣に腰を下ろして手を伸ばすと、彼女は困ったような目をして顔を上げた。
「いつも上手くいかないのよ」
「お前は昔からそうだった」
セッツァーが簡単に針に糸を通してしまうのを見ながら、ダリルは無意識に小さく溜め息を吐いた。
「昔から、ね」
「ああ」
短く答えた彼は、ひどく愉快そうだった。
「尤も、こんなことをする必要はなさそうだったがな」
シャツのボタンを付けようとしていたのだろう、ダリルの膝の上には白い布の塊が無造作にくしゃりと丸まっていた。
それを取り上げながら、セッツァーは代えのボタンを目で探した。
「ボタンが取れたってだけで新しいのを買ってた」
「……随分な贅沢者だったってわけ」
「面倒だったんだろ。金があったから買い換えれば良かったんだろうな」
「きっと、一日着たらその服はもう用済み、だったんでしょうね」
まるで、昔の自分を揶揄するような口ぶり。
「まぁ……そんなようなもんだったな」
ダリルは新しいものが好きだった。
「でも、拘りみたいなもんがあったみたいだな。飽きたらすぐに捨てたが、気に入ったもんはずっと手元に置いていた」
ファルコンは、そのうちの一つだった。
惜しみなく手をかけていた、彼女の艇。
時々、この艇に対して嫉妬めいた感情さえ抱いてしまうほど、ダリルはファルコンをそれは大事にしていた。
「あんたは?」
不意に、彼女がそう訊いた。
「あんたも飽きたら捨てるの?」
「俺か?」
妙なことを訊く、と、セッツァーは手元から目を離して彼女を見た。
「……あんまり捨てはしない。新しいものは面倒だしな」
ふぅん、と、ダリルが小さく相槌を打った。
「古いものが好きなのね、きっと」
だから私に拘るのね。ダリルの言葉には、そんな響きが込められていた。
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