<6>
玄関のドアを開けるなり、ずかずかと入ってきた人にセリスは大声を上げた。
「ちょ……っ、どういうこと、セッツァー!」
「迷惑なのは分かってる。でも、他に連れていく場所がねぇんだ」
「だって!」
金髪の若い女性と、銀髪の不健康そうな青年が問答しているのを、ダリルはぼんやりと見ていた。
セッツァーの性格はまだよくは掴めていなかったが、あれだけのことを言えば、叩き出されるくらいの覚悟はあった。
しかし、彼はそうしなかった。
黙ったまま飛空艇を動かすと、ニケアの郊外に停泊し、ダリルの腕を引いてここまで歩いてきたのだ。
「あいつは、俺と一緒にはいたくないらしい」
「ま……」
さか、と続かなかった。
「記憶喪失の女なんざ、お前らには嫌な思い出を連想させるかもしれねぇが」
「そ、そんなことはどうでもいいけど」
「頼む」
あまりに意外な一言だった。セッツァーが人に頼み事をするなど、セリスには青天の霹靂だ。
「……分かったわ」
虚を衝かれたセリスは、不承不承にそう言った。
「恩に着る」
常にない程素直な物言いのセッツァーは気味が悪かった。彼はダリルの荷物を手早く運ぶと、ダリルを見た。
「しばらくここにいろ」
ダリルは黙ってセリスを見た。
「あ、えっと、どうぞご遠慮なく」
セリスは作り笑いを浮かべて、そう言った。
「俺が迎えに来るまでに、今後のことを考えておけ」
セッツァーは機械的なまでにそう指示すると、ついと踵を返した。
慌ててセリスが後を追う。
「いつ迎えに来るのよ」
「……一週間。あと一週間猶予がある」
「猶予?」
「あいつを三週間『買った』んだ」
再びセリスは唖然として口を噤んだ。
それでは、彼がダリルを連れていたのは……?
「どういうことよ!」
「悪い。今は説明している暇がない」
セッツァーはそう切り替えした。
「盗賊馬鹿が帰ってきたら、よろしく言ってくれ」
そう言い残し、セッツァーは足早にその家を去って行った。
***
コトリ、と紅茶のカップをテーブルに置くと、ダリルは「ありがとう」と小さく呟いた。彼女はひどくぼんやりしていた。
「大変でしょう? あの人に振り回されるの」
セリスは隣に腰掛けて、そう話を振った。
「我が侭だし、自己中だし」
「……よく、分からないわ」
ダリルはそう答えた。
本当によく分からなかった。彼はどうしてそこまで必死になっているのだろう?
昔の――恋人、だったとしても。もう五年も前のことだ。
「あなたの話をね、セッツァーから聞いたことがあるんです」
セリスは尚も話を続けた。二人でだんまりしていても仕方がないと思ったのだ。
「あのセッツァーが尊敬して憧れていたなんて、きっとすごい人だったんだろうなぁ……って、そう思いました」
ダリルは黙ったままだった。
「彼はずっと、あなたのことを思い続けてたんです。言葉では言わなくても、たぶんずっと探してたんだと思う」
――そして、外側の入れ物だけ残った自分が現れた。
「……二度と、会わなければ良かったのにね」
その方が、彼のためには良かったに違いない。
自分のためには――
「ダリルさん、そんな風に思うのは良くないですよ」
セリスがきゅっと手を握り締めてくれて、ダリルはまじまじと彼女の手の甲を見つめた。
若い女性の手には似つかわしくないような傷跡が走っていた。
「これ……例の大戦で?」
「え?」
セリスは何のことかとダリルの目線を追い、それに気付いた。
「ああ、いいえ。それよりもっと前の傷です」
「どうして……?」
「私、帝国にいたんです」
帝国? と唇が動いて、訝しげな表情になる。帝国の人間がどうしてケフカを敵に?
「色々あったんです……色々あって、本当に思い出したくないようなことも」
セリスは俯いて、言い淀む。
「でも、忘れたらいけないなって、そう思うから、今も全部覚えてるんです」
顔を上げて微笑んだその目に、哀切の色が浮かんでいた。
「今こんな風に幸せに暮らしていて、新しい命を授かって、本当に毎日が有難くて仕方ないけど……でも思うんです。私が奪ったものは、こんな風にささやかな、でもその人にとっては一番大切な、小さな幸福だったんだって。一生、私の罪は消えないんです」
罪……、とダリルは呟いた。
セッツァーに彼女を「幸せそうで朗らかな娘」と言った時、彼が複雑そうな顔になったことをダリルは思い出した。
罪を背負って、それでも精一杯に生きている、娘……だったのか。
「あはは、すみません、湿っぽい話で」
セリスが苦笑いをして、ダリルのカップに新しい茶を注いだ。
「ダリルさんは、この五年はどうしてたんですか?」
その五年がダリルの全てで、その五年、ダリルはずっと一所にいて同じことを繰り返していた。
毎日、毎日、逃げ出すことも不平を言うこともなく。
前の自分を、探しに行くこともなく。
彼を、思い出すこともなく。――でも。
「心の奥の方で、誰かが呼んでいるような気がしてた」
ダリルがぽつりとそう言い、セリスが再びその顔を覗き込んだ。
「思い出せないのに、完全に忘れることもできなかった。それでも、目を逸らして、聞こえない振りをしたの……怖かった」
「怖かった?」
そう、思い出すのが怖かった。
どうしてか、全てを思い出すのが怖かった。
きっと、彼に今の自分を見せるのが怖かったのだ。落ちぶれてしまった自分を見せるのが。
それっきり黙ってしまったダリルに、セリスは小さく溜め息をついた。
「セッツァーはどうするつもりなのかしら……」
ダリルには分かっていたが、答えなかった。
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