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「本人がいなければ受け付けられません」
「だから、のっぴきならねぇ用事で来ないって言ってんだろうが」
「ですから、身請けの文書には本人のサインが必要なんです」
「じゃぁ、もらってくるからそのくだらねぇ書類を寄越せ」
「ですから」
うんざりしたような店の主は、それでも辛抱強く説明した。
「契約者と被契約者、身請け人の三人……つまり、あなたと私と彼女の三人がその場でサインしないと意味がないんです。不正行為がないことをお互いに証明し合わないと」
「アホくせぇ」
セッツァーが殊更凄みを聞かせた声でそう詰った。
「あいつの希望だって俺が言ってんだからいいだろうが」
「ダメですよ。犯罪に巻き込まれた可能性だってあるわけだし」
「そんなもんどこにあるんだよ」
しかし、主は決して首を縦に振らなかった。
――それは、分かっていた。
セッツァーとて無駄にその筋で生きてきたわけではない。
だから金策に走るしかなかったし、そのためには一週間は十分な期間とは言えなかった。
結局最後に行き着いたのが、彼が知る中で最も金持ちの、最も嫌味な男だったのも仕方のないことだった。
「金を貸せ」
単刀直入にそう言うと、奴は「ロイヤルブルー」とか呼ばれている青い目を挨拶程度に見開いて見せた。
嫌味な奴だ。
「いくら?」
「500万」
「……へぇ?」
セッツァーがちらりと見遣ると、エドガーもちらりと見てきた。
嫌味な奴。
「で、何に使うんだい?」
「何でもいいだろ」
「それはちょっと筋が通ってないんじゃないか、セッツァー?」
――ああ分かってるそんなことは!!!
「俺も無駄にこの椅子に座ってないんだ」
エドガーが不意にそう切り出したので、次に何を言い出すのかと、セッツァーは嫌々彼を見た。
「当ててやろう。お前はある女性に熱烈な思いを寄せている」
ゲホッ。
「彼女と結ばれるためには一つ障害がある。それを解決するのが金だ。そうだろ」
使う言葉がいちいちハーレクインだなこいつは。
「障害は、一つじゃねぇけどな」
セッツァーがそう答えると、エドガーは片眉を上げて「ほう」と相槌を打った。
「つまりはこうか。彼女はお前の思いを受け入れるつもりはない。しかしお前は彼女の気持ちに逆らって、無理矢理自分の思いを遂げようとしている」
……そういう言葉にしたら、元も子もないような気がした。
「無理矢理は良くないぞ、セッツァー。レディは優しく扱わなければ」
「……うるせぇよお前は」
この権力バカめ。
「二週間も一緒に過ごしたくらいなんだから、彼女だって憎からず思ってるんだろうさ」
と、エドガーが言うので、セッツァーは思わず喉の奥で「げ」と声を漏らしていた。
「あの盗賊馬鹿……!」
「彼がお喋りなのはお前もよく知ってるだろう?」
エドガーは面白そうな目をして哂った。
だから、十分な資金を用意は出来たのだ。
スムーズに事を運べるくらいの金額は。
ただ、この「マスター」と呼ばれた男が、ダリルに執着していなければ、の話だった。
「どうせそんなルールなんざ、いつだっておざなりなんだろうが」
セッツァーは嘯いた。
「いいえ、うちではルールに違反するようなことはしていません」
「ほー、どうだか」
セッツァーは嫌味な笑いを浮かべてやった。
「俺の知り合いにはお偉方が多いもんでさ、あんたんとこの店なんて一捻りだぜ?」
「脅すつもりなら、相応のところに出させてもらいます」
随分な執着ぶりだな……そう呟きかけて、やめた。
執着ぶりは、上を行っている自信がある。
「なら、あいつを連れてきてここでサインさせれば」
これを言ってしまったら、その可能性がかなり遠のくのは分かっていたけれど。
「それで、あんたは納得するわけだな」
今度はあのフェミニスト国王にでも感化されたのか――ダリルの気持ちを汲んでやろうなんざ、俺も丸くなったもんだぜ。
男はじろ、とセッツァーを見た。
「そんなことは起こらない」
妙に自信のある顔だった。
「あの子は、裏切らない」
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