風呂上りのセッツァーが、長い髪をごしごし拭きながらリビング代わりの大部屋に戻ると。
 エドガーとロックが(彼の私物の)カードを(勝手に)持ち出し、ポーカーをしていた。エドガー優勢らしく、傍らにモグを抱いて座ったティナが盛んに「ロック頑張って!」とか何とか声援を送っている。少し離れたカウンターにはセリスが座っていて、あまり興味もなさそうな顔でゲームの行方を伺っていた。
 セッツァーはそれらの人々には殆ど気を止めず、台所へ風呂上りの一杯を取りに行った。
 戻ってみると、セリスがじっと彼を見つめているのに気付いた。
「セッツァーって、意外と綺麗な顔してるわよね」
 彼女はふと、そう言った。
 思わず「はぁ?」と問い返す。
「ちょっと妖艶な感じっていうか」
「なんだそりゃ」
 じっと見られると何となく気まずくて、顔を逸らしたまま隣に座る。
「スタイルもスレンダーって言うか、腕とか腰とか細いし」
「……嫌味か?」
 あはは、とセリスは笑った。
「そうじゃないわ。羨ましいって言ってるの」
 セリスは、剣士ならではの筋肉を纏った腕を持ち上げ、自分でしげしげと見つめた。
「私って、何て言うか……ごつい」
「そうか?」
 セッツァーも何気なく目を遣ってみる。
「十分綺麗なお手手じゃねぇか」
「あ、ちょっと馬鹿にしてるでしょ」
 そう言って、頬を膨らませた。セッツァーは肩を竦ませ、「そんなことねぇって」とおどけて見せた。
「色白だし、肌もスベスベだし、美味そうだな」
 ロックが不意に顔を上げた。
「コラ、セッツァー」
 しかめっ面で振り返る彼に苦笑を送り、「あー、はいはい」と手を振る。
 ロックがまたゲームに戻ったのを見てから、セッツァーは昔、と口を開いた。
「昔、よく言われたな。顔の傷が勿体ないとか何とか」
「そうかな」
 セリスはまじまじとセッツァーの顔を見た。
「最初からそういう顔だったからか分からないけど、傷があったほうがセッツァーっぽくていいと思うけどな」
「そりゃ褒め言葉か?」
「別に、どっちでもないわ」
 ティナが立ち上がり、カウンターの方へ歩いてきた。
「私もセッツァーの傷は好きよ。カッコいいと思う」
「ほぉ。モテモテだな、セッツァー」
 エドガーがカードを切りながら茶化した。
「なんだなんだ、何にも出ねぇぞ?」
 セッツァーは照れ隠しのように、グラスをぐっと煽った。
「一生懸命自分らしく生きてきたから、セッツァーには傷があるんでしょう?」
 ティナは傍のソファに座り直し、半分夢の中のモグの頭を撫でた。
「人生の勲章……っていうのかな?」
「渋い言葉を使うな」
 セッツァーは苦笑した。
「誰の教えだ」
「う〜んと」
 ティナは指を折って(何を指折っているのか分からないが)考えていたが、
「確か、エドガー」
 と結論付けた。
 次の瞬間、エドガーが咳き込んで、ロックが歓声を上げた。
「やりぃ、俺の勝ち」
「珍しいわね、エドガーが負けるなんて」
 セリスが意外そうに言った。
「へっ、王様が手を滑らせたらしいな」
 セッツァーは煙草に火を点け、ふぅっと煙を吐いた。
「今のはティナに感謝だなぁ」
 ロックがティナの頭にぽんっと手を置くと、彼女は「どうして?」と首を傾げた。
「別に……褒めたわけではないぞ」
 エドガーは散らばったカードを集め、ケースに仕舞いながら呟いた。
「ただ、そういう人生も潔いと思っただけだ」
「王様が言い訳か?」
 セッツァーが哂う。
「そうじゃないさ」
 カードケースを元の戸棚に戻し、エドガーもカウンターに腰掛ける。
「みんな、それぞれの人生を生きているのが素晴らしいと、そう言いたかったんだ」
 エドガーの体には傷一つない。周りの人間が盾になり身代わりになり、彼を守るからだ。
 ロックは仕事柄、そこここに小さな古傷がある。生傷も絶えない。
 セリスはそれまでに潜り抜けてきた戦闘の数だけ、何かしらの傷を抱えていたし、ティナは、外見からは分からない心の傷を背負って生きていた。
「一人ひとりが全く違う人生を過ごしてきて、あるとき一点で交わって、こうして今は共にいる。不思議だと思わないか?」
「そうだな」
 ロックが同調した。
「まぁ、確かにな」
 セッツァーは面白くなさそうな顔で、グラスを空けた。
「相変わらずクセェこと言う王様だぜ」
「はは、酷いな」
 エドガーは立ち上がると、サイドテーブルからお茶のポットを取り上げ、いくつかのカップに注いだ。
「さぁどうぞ、レディたち」
 と、配って歩く。
「相変わらず気配りの絶えない王様だな」
 ロックがため息混じりに言うと、エドガーは口元を緩ませて笑った。
「お前も飲むか?」
「茶じゃなぁ」
 立ち上がり、セッツァーの空っぽになったグラスを見る。一杯で終わりなはずがないことは明らかだった。
「俺も、セッツァーと同じの飲む」
「自分でやれよ、俺はエドガーじゃねぇんだ」
 「はいはい」とロックは笑い、二人は仲良く台所へ入っていった。
 セリスは「飲みすぎないのよ」とロックに注意してから、ティナの元で砂糖壷を傾けて持ってやっているエドガーの後姿をじっと見た。
 マントも鎧も脱いで、シャツ一枚にスラックスの王様。
 どうしてだろう、無防備な格好なのに、いつもより逞しく感じるのは。
「前から思ってたけど、エドガーって綺麗な背中してるわよね」
 セリスは一口お茶を啜ってから、徐にそう言った。エドガーは振り向くと、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「あんまり他の男を褒めてばかりいると、ロックがヤキモチを焼くよ、レディ」
「そういう意味で褒めてるわけじゃないわよ」
 セリスは気まずそうに、もう一口お茶を飲んだ。
「私も、エドガーの背中は好きよ」
 ティナがにっこりと微笑んで言った。
「いつも守ってくれるんだもの」
「おっと、『守ってやる』はロックの十八番だな」
 エドガーは笑いながら、砂糖壷を戻し、セリスの隣に腰掛けた。
「王様なのに、がっしりした体は必要なの?」
 セリスは相変わらずちびちびとお茶を飲みながら、エドガーに尋ねた。
「あまり必要性はないかもしれないね」
 エドガーもティーカップに口を付けてから、言った。
「一卵性の双生児は、違う環境で育っても姿かたちが似てしまうって話は、知ってるかな?」
「そうなの?」
 ティナが首を傾げた。
「そうらしいね。実際、身を持って証明してしまったようなものだが」
 エドガーは、ティナの向こう側のソファで大の字になって寝ている弟を見遣った。
「熊のような人生を送ってきた人間もいるということさ」
 その時、視線を感じたのか、マッシュがのそりと起き上がった。そのままくんくんと鼻を鳴らす。
「お、この匂いは」
「そこのテーブルから好きなだけ持っていっていいよ、マッシュ」
 笑いの混じった声でそう言って、エドガーはサイドテーブルを指差した。
「まったく、鼻の利く兄弟だよな」
 戻ってきたロックがそう言い、皆で笑った。



-Fin-







我が家の王様は『ナイトの心得』を常時装備で、体を張ってレディ(+α)たちを守り通しておりました・・・(笑)





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